〜各地の群雄〜

第4話「魏武の強」


目の前が黄色い群れで埋め尽くされている。
「こ……これは」
 劉岱(字は公山)とともにエン州を統治している鮑信は、目の前の光景を信じることが出来なかった。
 右も左も、あたり一面が頭に黄色い布を巻いた人間の群れに埋め尽くされている。
 大半がまだ十代、二十代の青少年に見えるが、死に物狂いの形相でこちらに襲い掛かってくる。
「ええぃ!! ひるむな!! 相手は統率も何も取れていないただの賊軍だ!!! 押しつぶせ!!」
 エン州刺史の劉岱はそう言って部下を奮い立たせ、目の前の黄色い群れに突撃していく。
「待たれよ!! 劉岱殿!! この賊たちの勢いはっ……」
 鮑信が止めようとしたときには、劉岱は無数の黄色い群れに飲み込まれてしまっていた。
「ど……どうすればいいのだ」
 鮑信は目の前を埋め尽くす黄色い群れを見ながら愕然と呟いた。
「張角亡き今もまだ……黄巾は滅んでいなかったのか」
 鮑信の呟きは、黄色い群れの叫び声にかき消されてしまった。

荀イクは静かに、時が動くのを待っていた。
 自らが信じるに足る覇王・曹操は、洛陽での董卓追撃戦で完膚なきまでに叩き潰された。
「しかし……それだけです」
 そう、曹操は敗れただけだ、殺されてはいない。
 曹洪をはじめとする多くの部下たちの奮戦があったにしろ、全滅必至の戦を曹操は生き抜いた。
 そしてその董卓は配下である呂布の裏切りにあい命を落としたという。
「やはり……あのお方こそ私が支えるべき覇王」
 荀イクはただそう考えていた。
 そうして曹操たちが洛陽から身一つで脱出してきた直後、未だに軍の体勢を立て直そうとしていた時のことだった。

 曹操の元にエン州からの使者が訪れた。
「青洲の黄巾賊……?」
 使者はエン州の刺史鮑信の使いで、使者の言うことが本当なら、青洲の黄巾賊の残党百万がエン州に侵入したという。
 鮑信とともにエン州を統治していた劉岱は奮戦むなしく黄巾賊に討ち取られ、エン州の鮑信は黄巾賊の予想外の激しい攻勢に苦しい戦いを強いられているらしい。
「そこで私に応援を要請したいというわけか」
 鮑信が言うには、その見返りとしてエン州の牧の地位を約束するという。
「うーむ」
 曹操は使者の話を聞き終え、しばらく考えるそぶりを見せているが、荀イクが見たところ、いつかのごとく、表情は少しも迷っていなかった。
『ただでさえ兵不足に悩んでいるというのに、面白いお方だ……』
 荀イクはそう考えながら、曹操が決断を下すのを静かに待っていた。
 そして、曹操はすぐに返事をした。
 答えはもちろん……
「今すぐにエン州へと向かう!! 五千の義勇兵を直ちに集めて鮑信君の応援に行くぞ!!!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 ぶつかり合うエン州・曹操連合軍と青洲黄巾賊。
 『信仰』という絶対的な結束で結びついた黄巾賊の攻撃は勇猛にして苛烈で、調練を重ね、数々の死線を潜り抜けてきた曹操軍でさえ、一度ぶつかるだけで数百人もの犠牲がでた。
 幕舎の中で曹操が皆にむかって口を開いた。
「賊軍百万と聞いていたが……実際そんな数がいたかね?」
「今日戦ったのはおそらく前線部隊、多くて十万ほどでしょう」
 曹操の問いにすかさず答えるものがいた。
「陳宮か……ほかに何か気がついたことは?」
 まだ若く身体も小柄だが、瞳にどこか暗いものを秘めた男・陳宮(公台)は言葉を続けた。
「黄巾賊百万というのはおそらく間違いありません……その中には女子供も混じっているはずですが……」
「では、実際に戦えるのはもっと少ないということでしょうか?」
 鮑信の言葉を、荀イクがすかさず否定した。
「いえ、今日戦ったものの中にも未だに少年と呼べるような幼いものも混じっていました……」
「そう、信仰で結びついた黄巾賊はいざとなったら老人だろうが赤子だろうが兵士として襲い掛かってくることでしょう、相手を見かけで判断するのは危険でしょう」
 荀イクの言葉を、陳宮が引き継いだ。
「……」
 その事実に、鮑信たちは息をのむ。
「下らんことは考えるな!! ようは叩き潰せばいいんだろうが」
 静寂に耐えられなかったのか、夏侯惇が声を上げた。
「……」
「なんだ貴様ら、黙り込んで」
 夏侯惇以外は分かっているのだろう、あるものはため息をつき、またあるものは頭を抱えている。
「な、なんだなんだ!!」
 夏侯惇が怒鳴ると
「惇兄さん……その“ようは叩き潰す”ことが出来ないほど敵軍の攻勢は激しいんです……だからこうやって皆で戦況を分析しているのではないですか」
 夏侯淵があきれたように呟いた。
「惇、分かったから下がっていたまえ」
「ぐ……ぐぐ」
 夏侯惇はまだなにか言いたそうだったが、この場は不利と見たのか、おとなしく引き下がった。
「さて……荀イク」
 夏侯惇が下がると同時に、曹操が荀イクに声をかける。
「君はこの青洲黄巾賊を“倒せる”と思うかね?」
 皆が息をのんで荀イクを見守る中、荀イクはきっぱりと答えた。
「不可能です……」
「!!」
 鮑信たちの顔が絶望に染まる。
「やはりそうか……」
「はい……こちらは我が軍五千とエン州軍五千の約一万……それに比べて敵軍は先方だけで十万、本体をあわせると百万です……“倒す”のは不可能です」
 比較的余裕のあった曹操軍の武将たちの顔も、段々と暗くなる。
「“倒す”のは不可能かね……」
「えぇ……“倒す”ことは絶対に出来ません」
 しかし、そこで皆が気がついた。
 先ほどから曹操と荀イクは、何か引っかかる言い回しをしているということに……。
「殿……」
「何かね?」
 意を決して、夏侯淵が問いかけた。
「先ほどから気になったのですが……我々では黄巾賊に“勝て”ないのでしょうか?」
 夏侯淵の言葉を聞いた曹操と荀イクはお互いに顔を見合わせて、口元に笑みを浮かべる。


「淵、誰がそんなことを言ったのかね?」
「え?」
 夏侯淵が、彼には珍しい間の抜けた声を上げる。
「夏侯淵殿……私は殿に『黄巾賊を“倒せる”か?』と聞かれたので『不可能です』と答えたのです……“勝てない”などとは一言も言っていません」
荀イクの言葉に、幕舎の中の全員が首をかしげる。
「なるほど……黄巾賊を降伏させるのですか」
 そんな中、陳宮が声を上げた。
 それを聞いた曹操はにっこりと笑って答えた。
「その通りだよ……“倒せない”ものを無理に“倒す”必要は無い、そんなことをしようとすれば“負ける”だけだ、しかし……“勝つ”方法はいくらでもあるのだよ」
「しかし、太平道の教えのみを信じる彼ら黄巾賊が降伏などしてくれるでしょうか?」
 鮑信が不安げにそういったが、曹操は笑みを崩さぬまま言った。
「何を勘違いしているのかね……?」
「はい?」
「我が侭なわが子に“反省してもらう”親などいないだろう? 私たちは彼らに“降伏してもらう”のではないよ」
 曹操は『天』を指差しながら言った。
「教祖・張角君亡き今も信仰という殻に閉じこもった引きこもりどもを目覚めさせ、殴りつけてでも“降伏させる”のだよ!!」
「!!!」
 曹操の言葉に、幕舎の中の人間は完全に言葉を失っていた。
 しかし曹操は続けた。
「そのためにはみなの力が必要だ……手を貸してくれるね?」
「お」
「おぉ……」
 いつの間にか、幕舎の中の者たちの顔に先ほどの絶望の色が消えていた。
「返事はどうしたのかね?」
「お、応ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
 曹操軍もエン州軍も、声をそろえて曹操の声に応えた。

 それから数日、曹操たちエン州軍と青洲黄巾賊は壮絶な死闘を繰り広げた。
 曹操軍は部隊を入れ替えることで昼も夜も休むことなく攻め続け、黄巾賊も圧倒的な数の暴力でそれに応戦した。
「考えたな……曹操殿」
 槍を振るいながら、鮑信は一人そう呟いた。
「確かに黄巾賊の数は圧倒的だ……戦において“数”の差というのはなかなか覆すのが難しい……しかし」
 そこに大きな落とし穴がある。
「黄巾賊も人間、どれだけ教えを信じ、固く結ばれていようとも腹は減る……」
 腹が減れば兵の動きは悪くなり、最悪戦うことが出来なくなる。
「さらに黄巾賊にはそれら大量の兵を養う兵糧などすでに無いはず」
 賊のほとんどが歩兵であるということはおそらく軍馬を潰して飢えをしのいでいるということ。
「つまり……持久戦に持ち込めば小数の我らにも勝利は絶望的なものではない……」
だがそれでも、これは危険な賭けと言わざるをえない。
 もともと数が少ないのはこちらなのだ、兵の消耗はこちらのほうが圧倒的に早い。
「こちらの兵が全て動けなくなる前に……相手に降伏を決意させなければならない」
 曹操はそのために兵の疲労を省みず、自身先陣を率いて常に敵へと向かっているのだ。
「なんという男だ……」
 そう思いながら、鮑信はさらに奥へと切り込んでいった。

 曹操の戦が功を奏したのか、絶え間なく攻め続けるエン州軍に黄巾賊は段々とあせりを見せ始め、ついに百万全てを動員して城へと攻めてきた。
「曹操殿、いよいよですな」
「そうだね」
 遥か遠くから延々と続き、世界の全てを埋め尽くすのではないかと錯覚するほどの大軍を前に、曹操と鮑信は話していた。
「相手はもはやここ数日何も口にしていないようなものばかり、この攻勢を防ぎ切れれば我々にも勝機はありますね」
 しかし、曹操は難しい顔をしていた。
「死を間近に迎えたものほど普段からは想像も出来ない力を発揮するものだよ……それが黄巾賊ならなおさらだ、この黄巾賊の攻撃が、このたびの戦で最も激しいものとなろう……はたしてこのような小城で防ぎきれるか……」
「防ぎきるしかないですね……そうすることができればわれわれの勝ちです」
 鮑信の言葉に、曹操は首を縦に振らなかった。
「いや、この攻撃を防ぐだけでは、おそらく黄巾賊に降伏をさせる決定打にはならない」
「え?!」
 ここに来て予想外の事を言われて、鮑信はつい間の抜けた声を出してしまった。
「そ、そそそそ……それならどうやって」
「ふふん」
 何日も寝てないはずだ、ずっと戦い続けていたはずだ、それでも曹操は鮑信の方を向いて、さわやかな笑みを浮かべると
「それは戦いながら考える」
 と、とても恐ろしいことを平然と言ってのけた。
「あ……ああ」
「さて……もうそろそろ行こうか、ハハハハハ」
 鮑信は思った、この男に救援を依頼したのは失敗かもしれないと。
……だが
「今更そんなこといってはおられん!! 私はただ戦うのみだ!!!!!」
 鮑信も自らの頬を叩き、曹操の後に続いていった。

 そうしてはじまった曹操たちと黄巾賊との最後の戦だが、形勢はあっさりと傾いていた。
「大量の黄巾賊が城壁に殺到し、押さえ切れません!!!」
「黄巾賊は弓を射かけようが悲鳴一つ上げずにこちらへ向かってきます!!」
 城内にそんな混乱の声が響いてくる。
 そう、いくら強固に守りを固めようが、死に物狂いの者たちの圧倒的な数の暴力に、曹操たちエン州軍はなすすべも無く守りを切り崩されていった。
 夏侯兄弟たち曹操軍の武将も城の外で奮戦するが、黄巾賊の数に城の防衛まで手が回らない。
 すでに何人もの黄巾賊が城内に侵入し、城が落ちるのは時間の問題だった。
「ち!! 馬鹿孟徳め!!! どこに行った!!!」
 戦場で大刀を振るいながら、夏侯惇が吐き捨てる。
「えぇい!! ここまでなのか!!!」
 果てなく攻め込んでくる黄巾賊を切りつけながら、鮑信は表情を曇らせる。
「うおおおおお!!!」
そうしている間にも、黄巾賊は勢いを緩めることなく城へと殺到してくる。
もはや、エン州軍の誰もが絶望を覚ったときだった。

「皆のもの!! 立ち上がれ!!!」

 その絶望全てを吹き飛ばす、凛とした声が戦場に響き渡った。
「!!!」
 曹操軍も、エン州軍も、そして黄巾賊さえも、思わず声のした方へ振り向いた。
 声の主が立っていたのは城壁の最も高い場所。
 赤い鎧に身を包んだ男・曹操だった。
 曹操はさらに声を上げた。
「我が軍に問おう!! 青洲黄巾の民は何故ここまで精強なのかと!!! さぁ!! 答えたまえ!!!!!」
「……」
 誰もその問いに答えるものはいない、否、答えなかったのでは無い、答えられなかったのだ。
本当の意味で黄巾賊の強さを理解しているものは、この場に誰一人としていなかったのだ。
「ならば教えよう!!! この青洲黄巾の民は何故ここまで強いのかを!!!」
曹操は両手を大きく広げ、天へ向かって声を上げた。
「彼らは常に信じているのだ!! 亡き教祖・張角君の教えを!!!」
 曹操の言は続く。
「何かを信じ続けられるものは“最強”で“無敵”だ!!! その信じる力がゆるぎないものであればあるほど!!! その強さは輝きを増す!!!」
 もはや戦場全体が曹操ひとりの声を聞いている。
「しかし!! それがどうした!!」
 右手を横一文字に払い、曹操はさらに声を上げる。
「ならば君たちも信じたまえ!!! 今も故郷で元気にしているであろう親にでもいい!! 我が家で自分の帰りを待ち続けてくれている家族でもいい!! 自分の出世の道でもいい!! 自らの握る剣でもいい!! 何でもいいのだ!!! 自分のゆるぎないものを信じたまえ!!!!」
 もはや戦場には曹操の声だけが響いている。
「だが!! それでもまだ、何を信じればいいか分からないものもいるだろう!!!」
 曹操軍が息を呑む。
「ならばその者たちに言おう!! 信じるものが見つからないものは……」
 エン州軍が息を呑む。

「この私を信じたまえ!!!!!」

そして、黄巾賊が息を呑んだ。
「私は君たちの期待を裏切らない!!! 君たちの信に応え続ける!!!! そのことを!!!! 今ここで『天』に誓おう!!!!」
 最後に、曹操はいつものごとく涼やかな表情で前髪を掻き揚げると、こういって閉めた。
「それこそが私、曹操孟徳が貫く『展』だ!!!!」

 

「……」
「……」
「……」
曹操の言葉が終わったというのに、戦場を包むのは静寂だった。
 曹操軍も、エン州軍も、黄巾賊も……何も言えずに曹操の姿を見つめている。
 そんなときだった。
「ならば俺は家族を信じます!! 戦に出てばっかで何もしてやれねえ俺を家で待ち続けてくれている家族を!!!」
 一人の兵士が曹操に向かって声を上げた。
「その思いはきっと届く!! 信じたまえ!!!!」
 曹操は答えた。
「俺もだ!!」
「俺は!!!」
いつの間にか、先ほどまでの静寂が嘘のように、ひとりひとりがただ己の信じるものを叫び、曹操がそれに答えていく。
「おぉ……」
 そんな兵たちを眺めながら、鮑信は思った。
「この曹操という男を呼んでいなかったら……私たちはとうに負けていた、私の選択に間違いは……なかった」
 自分には決して図ることのできないが、大きな器を持つ男だということだけは分かった。
「なんという……男だ」
 曹操率いるエン州軍がいつの間にか、曹操という男を中心に一つにまとまっていた。
 その様子に黄巾賊は明らかに動揺していた。
 しかし……
「曹操孟徳よ!!! 貴様は何もわかっていない!!!!」
 曹操に向けて声を上げる一人の男がいた。
 黄巾を頭に巻いているがその身体は老いている。
 その男が長い間この黄巾を支えているということが、姿を見るだけでわかった。
「我らは決して何の意味も無く太平道の教えを信じているわけでは無い!!!!」
 男は続ける。
「何も信じるものの無い我々には信仰にすがるほか無かったのだ!!! そうしなければ生きていけなかったのだ!!! それなのに貴様ら官軍は我らのたった一つ信じるしかないものを認めず我らを弾圧した!!! 信じるものが無く!! 唯一つ見つけたものを信じることさえ出来ない我々は一体どうすればよいのだ!!!!」
 その問いにも、曹操は迷うことなく答えた。
「あえて言おう!!! 信仰を続けたまえ!!!!」
「何を言うか!! それが出来ないと……」
「ならば私を信じ、降伏したまえ!!! 私が君たちの信仰を守ろう!!!!!!」
「!!!!!」
 曹操の言葉に、黄巾賊の男の言葉が止まった。
 男だけではない、黄巾賊の老若男女、全てが曹操の姿をただ見つめている。
「私は君たちを裏切らない!!! 君たちを我が“民”とし、その信じ続けるということを尊重する!!!!」
 しかし、それでも男は認めない。
「そのような甘言になどだまされんぞ!! 結局は貴様も!! 我らを“兵”として使役することしか考えておらんのだろう!!! 我らはすでに信仰によって団結している!! 貴様などに守られる必要は無い!!!」
 曹操も決してひるまず、答え続ける。
「どれだけ固く結束していようと、拠るべき場が無ければ人々はただの流民と化す!!! どれだけ大きな力を持っていようと!!! 正しき使い方を知らなければそれは暴となり人を傷つけるだけだ!!!」
 自らに声を上げる男にではなく、黄巾賊全体に語りかけるように、曹操は声を上げた。
「流民となり間違った暴で略奪を繰り返す……亡き太平道の教祖・張角君の教えとはそんなものではないはずだ!!!」
「!!!!」
 曹操の言葉に、黄巾賊の男は言葉を失う。
「無き教祖を信じるならば私に降りたまえ!!! 私が“政”によって君たちを守り“賊”ではなく“民”にして見せよう!!!!」
最後の曹操の一喝に、曹操に向かって声を上げていた男はその場に崩れ落ち、ただ一言を呟いた。
「そこまで言うのなら……」
 黄巾賊の男が近くのものに合図をする。
「そこまで言うのなら!!! その“証”を見せよ!!!!」
 男の合図で、黄巾賊の一人が曹操へ向かって矢を射掛けた。
 矢はまっすぐ曹操へ向かっていき、曹操を貫く……
 ……はずだったのだが

ドスッ

「!!」
 矢が曹操に突き立つ寸前に、その間に割り込み曹操の盾となった男がいた。
「鮑信君……」
 曹操のは自らを救った男・鮑信の名を呼ぶ。
「ぐ……」
 しかし鮑信は曹操に振り向くことなく、眼下の黄巾賊に向けて声を上げた。
「その“証”ッ!! 我が命にて証明しよう!!!!!」
 血を流しながらも、鮑信はさらに続けた。
「今ようやく気がついた!!! 曹操殿こそが真の覇者!! 我が命を賭してでも守るべき価値のある人間!!! 黄巾の民よ!!! 必ずやお主たちを正しく導いてくれるであろう!!!!!」
 鮑信は曹操に振り向き、問うた。
「どうなのだ!! 曹操殿!!!」
「あぁ!! 間違いない!!」
 曹操の答えに、鮑信は満足したようにうなずいた。
「黄巾の民よ!! 信じろ!!! 己の道をつなげたければ信じるのだぁぁぁぁぁ!!!!」
その言葉と同時に、鮑信は立ったまま絶命した。
「……」
 曹操軍もエン州軍も黄巾賊も……その様子を何もいえずに見守っていたが
「そ……曹操」
 不意に黄巾賊の一人が呟いた。
「曹操……」
「曹操!!」
 やがて、多くの黄巾賊が口々に曹操の名を叫び始めた。
 全ての黄巾賊が曹操の名を叫ぶまで、そんなに時間はかからなかった。

 そうして、青洲黄巾の乱は曹操たちの活躍により見事に鎮圧。
 曹操は青洲黄巾賊を自らの民とし、その一部を自らの兵とすることに成功した。
 曹操に帰属した青洲黄巾賊の数は三十万にもなり、曹操は一気に天下へと飛躍した。

これこそが“魏の武帝”曹操の“魏武の強”の第一歩であった……。

 

 

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