〜徐州の戦い〜

第3話「失態」

徐州城・城内―――

「陶謙様!! 申し訳御座いません」
「いや、もうよい」
 遅れて陶謙の前に姿を現した糜竺は、先ほどからそう言って地面に頭をつけたまま全く上げようとしない。
「それよりも……お前の意見を聞きたいのじゃ」
「は」
 陶謙の言葉に、糜竺は頭を上げる。
「曹操がすぐそこに迫っておる……わしは自らが出向いて曹操殿に講和を申し入れようと思っている」
「何ですと?!」
 陶謙の言葉に、糜竺は驚いた。
 周りの臣下は先に話を聞いていたのだろう、難しい顔をして黙り込んでいる。
「元はといえばわしの起こしてしまったこと、そしてわしに曹操軍の進行を止めることなどできん……ならば曹操殿に信義を示すしかない」
「なりませぬ!! 曹操は必ずや陶謙様のお命を奪います」
「それも仕方のないことでは無いだろうか」
「何を弱気な!! あなたがいなくなれば徐州の民はどうされるのですか!!」
「むぅ……」
 糜竺の言葉に、陶謙の言葉が詰まる。
「信義を示したいお気持ちは分かります、しかしそのようにご自分の命を軽んじる発言はおよしください、あなたの命はもはやあなただけのものではありません」
「しかし……それではどうすれば」
 陶謙の言葉に、糜竺がすかさず答えた。
「今この徐州に劉備玄徳殿が援軍に向かってくれていると聞きました、どうにか彼らが来てくれるまで耐えましょう」
「何?!」
 劉備の名に、陶謙の暗い瞳に光が灯った。
「劉備といえば、黄巾討伐や反董卓連合軍でも他の諸将に比べて遥かに少ない兵数で同等以上の活躍をしたというあの!!」
 周りの者たちが口々に声を上げる。
「そうです!! その劉備玄徳です!! あの方ならあるいはこの徐州の危機を救ってくれるかもしれません!!」
「うぅむ……分かった」
 陶謙はしばらく考えていたが、やがてゆっくりとうなずいた。

―・―・―

 しかし、徐州へ先に到着したのは劉備ではなく、曹操のほうであった。
怒涛の勢いで攻めてきた曹操軍は瞬く間に徐州を完全に包囲、講和の申し出も一切拒否、徐州の陥落は時間の問題だった。

「ふむ……どうかね?」
 曹操は隣に控える軍師・荀攸(字は公達)に声をかけた。
 荀イクの甥に当たる彼は、荀イクに比べてどこか抜けているところがあると皆から言われるが、その内に秘めている莫大な智謀は曹操も一目置いていた。
「は、はい……この調子で攻め続けたのなら城を陥落させるのは時間の問題でしょう……ただ」
「何かね?」
「徐州の援軍に劉備玄徳が向かっているとのうわさです」
「ほぅ」
 荀攸の言葉に、曹操は少し驚いた顔をする。
「そうかそうか、劉備君が動いてしまったか……」
「あの男は何かと厄介かも知れぬと伯父が言っていました……早々に決着をつけてはいかがかと」
「私……“曹操”が“早々”に……か、なかなか面白いことを言うな、君は」
「ふざけている場合ですか」
 くだらないことで笑っていた曹操に、夏侯淵があきれたように言い放つ。
「虎牢関での劉備玄徳の戦いは私も知っています……あの男は決して侮れるものではありませんぞ」
「ははは、分かっているよ……」
 曹操は夏侯淵にそう言って、馬に跨って前に出ると、全軍に号令を発しようとした。
「皆の者!! 準備はいいかね?!」
「応ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
 曹操軍の鬨の声は、徐州の民を震え上がらせた。
「それでは行こう!!! 全軍……」
「おおっと曹操サン!!! ちょぉーっとまちなぁっ!!!」
 曹操の号令が発される前に、戦場に響いた一つの声。
「!!」
 皆が声のしたほうを見た。
「曹操サン!! ひさしぶりだなぁ!!!」
 そこにいたのは曹操軍とは比べ物にならない少なさの一軍。
 先頭で馬に跨る男は大声で笑いながら、曹操へ向けて親しげに声をかける。

―・―・―

「やぁ劉備君!! ほんとうに久しぶりだ!!!」
 曹操も旧知の友へ語りかけるように、凛とした声で劉備に答えた。
「青洲での活躍は聞いてるぜ!!! すげぇなあんた!!!」
「ははは……何を分かりきったことを言うのかね!!」
「あっはっは!!! 相変わらずだな、曹操サンよぉ」
 一定の距離を保ったまま、お互いにいつでも戦える準備をしながらも、お互いの大将は朗らかな会話を続ける。
「なぁ曹操サンよ!!」
「何かね?」
「ここから引いてくれねーか?」
「すまない無理だ!!!」
「じゃあせめて道をあけてくれねーか? 陶謙サンに挨拶がしてぇ!!!」
「ははは!! それも無理だ!!!」
「どっちも即答かよおい!!」
「ああ!! 本当にすまないね!!!」
「気にすんな!!!」
「「あっはははははははははははははははははは!!!!!!」」
 そんなやり取りをしたあと、劉備と曹操はお互いに大声で笑う。
「じゃあ……しゃあねぇな!!」
「ああ……そうだね!!」

 


 しばらく笑いあった後、二人は親しげな空気を崩すことなく身構える。
 そして、放たれた言葉は同時。

「おら突っ込め!!! とりあえず徐州に入れてもらうぜ!!!」

「防ぎたまえ!!! 徐州攻めはその後だ!!!」

 次の瞬間には、数の違う二つの軍はお互いにぶつかり合った。

ガキン
キィン

「はぁぁぁぁっ!!!!」
「だりゃぁぁぁぁっ!!!!」
 劉備軍は関羽と張飛を先頭に、まっすぐ徐州へと突進していった。
「ぐおおっ!!」
「ぎゃぁっ!!」
 数が少ないとはいえ、関羽・張飛の二将を先頭に置き、戦うのではなく敵陣を突っ切るという戦法を取っているため、その勢いはすさまじく、曹操軍の精鋭をもってしても簡単に突き崩されていった。
「ふむ」
 そんな様子を見ながら、曹操は一人うなずいた。
「劉備軍……やはり個々の能力が高く、少数精鋭の形を取っているだけあり、局地戦になると無類の強さを発揮しますね」
 荀攸が突き崩される自分の軍を見て苦い顔をする。
「そして皆が劉備君を信頼している……だから皆が皆命を賭けることが出来、軍としての能力にさらに拍車をかけている」
 曹操がさらに分析する。
 そうしている間に劉備軍は曹操軍の包囲を切り抜け、徐州の城へと迎え入れられていった。

―・―・―

「すまねぇ!! 陶謙サンよ、遅くなっちまったぜ」
 陶謙の元へと通された劉備は悪びれる様子もなくそういった。
「いや、間一髪のところで助けていただき、本当に感謝している」
 陶謙は劉備を心から歓迎した。
「こんな状態のため満足にもてなす事もできずに申し訳ない」
「いやいやいいってことよ」
 そう言いながら、劉備と陶謙は城から曹操軍を眺める。
「にしても多いな」
「そうなんです、我ら徐州のものにはこの曹操軍を抑えることが出来るものなどいなくて」
「いや、俺にも無理だぜこりゃ」
「そうですか……」
 劉備の言葉もそれなりに予想していたのだろう、陶謙は大きく落ち込むことはなかった。
「ざけんなよ馬鹿兄貴!! こんなやつら俺が蹴散らしてやるぜ」
「張飛、黙っていろ」
 張飛たちも曹操軍を眺めながらそれぞれの言葉を呟く。
「どうすればいいのか」
「しゃーねーな」
 落ち込む陶謙を見かねたのか、劉備は徐州兵に紙と筆を借り、不意に口を開いた。
「何とか講和を申し入れるしかねーよな、雲長」
「しかし陶謙殿もそれは何度も試したと聞きますよ?」
「じゃあ正面からぶつかるか?」
「それは……」
「俺はそれでやってやるぜ」
「黙ってろ馬鹿」
 喚く張飛を無視しながら、劉備は紙に文字を走らせていく。
「兄貴って字かけたんだな」
「益徳テメ、覚えてろよ」
 書き終わり、一通り目を通したものを折りたたむと、劉備は腕を組んで考え込む。
「さて、これを誰が届けるかだな」
「徐州兵は近づかせてもくれませんでした」
 陶謙はそう言って肩を落とす。
「仕方ありません、ここは某が」
 関羽がそう言って前に出た。
「まー確かに曹操サンも雲長のことは買ってるみたいだからな……適任ではあるんだがなぁ……失敗したときに首にされて返されたくねぇしな」
「某はそんな失態はさらしません」
「それは分かってるけどよぉ……」
そこで劉備は関羽の隣にいる張飛と目があった。
「お前行くか?」
「オイ馬鹿兄貴!! テメそれどーゆー意味だオイ!!」
 張飛は口を尖らせ、関羽も反対した。
「そうです、張飛に曹操を丸め込むだけの話術があるわけがないでしょう、逆に丸め込まれそうになって逆上して敵陣の真ん中で蛇矛を振り回すのがオチです」
 やけに具体的な予想であったはずだが、誰も関羽の言葉を否定しなかった。
「ちょっと待て雲長の兄貴!! 俺はそんな馬鹿じゃねぇ!!」
「いや、馬鹿だろ」
「黙ってろ馬鹿兄貴!!」
張飛はそう言って劉備から書状をひったくると、地面に蛇矛を突き立てる。
「やってやろうじゃねーか!! そんなに言うんならこの蛇矛をおいていってやらぁっ!! なんかあろうがおれにかかりゃ素手で十分だ!!!」
「おい!! 張飛」
 関羽の諌めも聞かず、張飛は本当に素手で書状だけ持って敵陣へと走っていった。

 しばらくして徐州城から敵陣へ向かっていく張飛の後姿を見ながら、関羽が心配そうに劉備へと問いかけた。
「兄者、本当にあいつでよかったのですか?」
 当の劉備は張飛の後姿をのんきに眺めながら、同じくのんきな調子で呟いた。
「あぁ……もし曹操サンが張飛を殺そうとしても、あいつなら帰ってくる……俺らの義弟だろ、少しは信用してやれよ」
「はぁ」
 劉備の言葉に、関羽は静かにうなずいた。
「あいつなら、うまくやって帰ってくる……」

―・―・―

「……と、思ってたんだがなぁ」
 劉備は、彼には珍しく難しげに頭を抱えている。
「兄者……だから言ったでしょう」
「あぁ、わりぃ雲長……今回ばかりはお前が正しかった」
 劉備はそう言ってため息をつき、使者の任から帰ってきた張飛に目をやる。
「……」
 自分の失態を痛感しているのだろう、彼には珍しく、床にうなだれて顔を上げようとせず、いかにも肩身が狭そうだ。
「講和の申し出は失敗すると思ってたし、お前なら無事に帰ってくると思ってたけどよぉ……」
 劉備はそう言いながら、張飛の隣に目をやる。
「まさかこんな“おまけ”が付いてくるとはなぁ……」
 劉備がそう言って視線を移した先にいたのは、縄でぐるぐる巻きにされた一人の女性……。
「何ですの?! そんな汚らわしい目で私を見ないで下さらないっ?! そしていつまで私をこんな目にあわせるつもりですか!! 不愉快ですわっ!!!」

 


 劉備に視線を向けられるなり、女性はものすごい剣幕で声を荒げる。
「ちょっとあなた!! 聞いていますのっ!! 私を“夏侯一族”のものと知っての狼藉ですか!!!」
 何度聞いても、この女性が語る自らの一族の名前が変わることは無い。

“夏侯氏”……曹家と親戚関係にある家柄で、夏侯惇・夏侯淵の夏侯兄弟をはじめ、多くの者が曹操軍で武将として戦っている。

 この女性の言葉が正しければ、結論は一つ。
「オイ張飛……お前なんで夏侯氏の女なんてかっぱらってきたんだよ」
「……いや、だからよ」
 普段なら何だ悪いかと言い返しそうな張飛だが、珍しく素直に語りだした。

―・―・―

数刻前・曹操陣営内―――

「やあ、張飛君……だったね?」
「あぁ」
張飛は劉備からひったくった書状を携え、使者として曹操の下へと赴いていた。
「何の用かな?」
 周りの武将の敵意の視線にひるむことなく、張飛は切り出した。
「このたびの徐州侵攻を考え直していただきたく、義兄・劉備玄徳より預かった書状を携え、使者としてまいりました」
 何か言いたそうな顔をしていたが、表面上は張飛も無礼な態度を見せなかった。
「ははは、そうか」
 曹操はさわやかに笑いながら張飛から書状を受け取り、目を通し始めた。
「さすが劉備君だ……汚いが読みやすい字だ」
 おそらく、曹操も同じような字を書くのだろう……張飛はそう思った。
「しかし残念だね……せっかくの書状だが了承の返事を書くことはできない」
 書状を読み終えた曹操は、考える間もなく答えた。
「やっぱりそうか、分かってたけどな」
 張飛はやれやれと頭をかきながら、その場に立ち上がる。
「おや? 帰るかね」
「あぁ、とりあえずダメだったら帰って来いって言われてるからな」
「待ちたまえ、君はこちらで送り届けよう」
「気なんか使わなくていいって」
「いや、どうせ返事代わりに君の首でもそちらへ送ろうと思っていたところなんだ」
 曹操のその言葉と同時に、張飛を取り囲む視線が一段と重くなった。
「はっは、さすが乱世の奸雄……難しいことを言うねぇ」
「出来るだけ簡潔に述べたつもりだがね」
 曹操がそう言ってにっこりと笑う。
「何言ってんだ!! “俺様の首を取る”だぁ?! そんなの難しすぎるだろうが!! 蛇矛がないからってなめんなよ!!! てめえらくらい素手でぶち倒してやるぜ!!! どれだけでもむかってきやがれってんだ!!!」
 張飛がそう言って身構えたときだ。
「そうか、では遠慮なく」
 曹操はそう言って右手を振るった。
「彼を討ち取りたまえ」

「ッ!! ……って、んん?」
 張飛はてっきり、曹操のその言葉と同時に周りの兵士全員が飛び掛ってくると思っていた。
 しかし、周りの兵士は厳しい視線で張飛を睨みつけているだけだった。
張飛は予想外の展開に首をかしげる。
「なんだなんだ!!! この燕人・張飛に恐れをなしたのか?! この腰抜けどもが!!」
 そう言って周りの兵士たちを罵倒していた時だった。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ

「あん?」
 急に地面全体を揺るがす地響きのようなものが起こり出した。
「なんだなんだ?!」
 周りを見てみても、あわてているのは張飛だけのようだった。
 そして

「ぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 どこからともなく響いてくる鬨の声。
「なっ!!」
 声のしたほうを見た張飛の顔が凍りつく。
「うおりゃぁぁぁぁっっ!!!!」
「死ぃねぇぇぇぇぇっっ!!!!」
 数え切れない無数の曹操軍の兵たちが張飛にむかって殺到してきた。
「な、なんだよこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!」
 張飛は敵兵のあまりの多さに思わず逃げ出した。
「て、てめえ曹操!!! 汚ねぇぞオイ!!!!!」
 逃げる前にそう言って曹操に怒鳴りつけたが、曹操はどこ吹く風、さわやかに前髪を掻き揚げたかと思うと
「君は紛れもなく“一騎当千”の猛将だ、その君を討ち取ろうというのだから、兵を千以上駆り出すのは当然だと思わないかね?」
 これ以上ないという笑顔で当然のように言い放った。
「思うかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
 張飛はそう言いながら、死に物狂いで逃げ出した。

―・―・―

 どこをどう逃げたのか、張飛はイマイチ覚えていない。
逃げる方向逃げる方向に敵兵が現れ張飛は段々とどこを逃げているのかも分からなくなっていた。
さすがに疲れた張飛が、敵の目を逃れるために一つの幕舎にもぐりこんだときだった……。

そこで張飛は、一人の天女に出会った。

「あ……」
「!!」
 幕舎の中にいた女性は、突然入ってきた張飛の姿を見て、明らかに混乱している。
 しかし、混乱しているのは張飛も同じだった。

 それほどまでに、今張飛の目の前に立っている女性は美しかった。

 長い黒髪に、衣服の上からでも分かる豊満な体つき、強い意志の炎を宿した黒い瞳。
「……あ」
 その全てが、張飛の瞳を釘付けにしていた。
 しかし、張飛にはその女性をのんびりと眺めている時間などなかった。
「き」
「き?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

目の前の女性が突然悲鳴を上げた。
「!!!」
 そのとんでもない金切り声に、張飛は一瞬で夢の世界から引き戻されていた。
「だ、誰かいませんのっ!!!! 猿がっ!!! 虎のような髭を生やした野生の猿が私の幕舎にはいってきましたわぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
「な、何だとこの女!!!」
 ひどい言われようだった。
「おいっ!! いま夏侯翔様のお声がしたぞ!!」
「まさか劉備軍のあの男!!! 夏侯翔様の!!!!」
「やべぇ!!!」
 そう張飛が思ったときには、夏侯翔と呼ばれた女性の幕舎へ多くの兵士が殺到してきた。
 張飛は考える間もなく、夏侯翔の身体を拘束し、盾にするように立つ。
「動くんじゃねぇ!!! 動くとこの女の命はねぇぞ!!!!」
その姿はどこぞの野党さながらだった。

「何を言っているのこの猿!!! すぐにわたくしを解放なさい!!!」

 


「そうだ!! 汚いぞ貴様!! 夏侯翔様を放せ!!!!」
 普段の張飛なら、どれだけ追い詰められようとも決してこんなことはしなかっただろう。
 彼はこんなことをするくらいなら潔く死を選ぶ男だった。
 しかし、この幕舎で夏侯翔という女性に出会ってから、張飛はいつもの調子ではいられなかった。
「やかましい!!! どきやがれてめぇら!!!」
「きゃぁっ!!!! な、何しますの!!! この汚らわしい野猿!!!!!」
夏侯翔はじたばたともがくが相手は張飛、軽々と担ぎ上げられ、そのまま外へと連れ出されてしまった。
 その後、張飛は運良く馬を拾うことが出来、曹操陣内を脱出することが出来た。
 夏侯翔を人質としてつれていたため、曹操軍の兵たちは弓を射る事もできずに、みすみす張飛を逃がしてしまった。

―・―・―

「……で、今に至ると」
「あぁ……そうだよ」
 張飛は吐き捨てるように言ったが、やはりどこかその肩は小さく、迫力がなかった。
「はぁ〜……面倒事増やしてどうするよお前」
 劉備はそう言って困ったようにオロオロとしている陶謙に向き直り
「わりぃ陶謙さん!!!! ウチの馬鹿が本当に悪いことした」
「は、ははは」
 陶謙は衝撃のあまり顔を青くし、いつ倒れてもおかしくないほどふらふらとしていた。
「はぁ〜」
 劉備はもう一度ため息をつき、再び張飛が人質としてつれてきた女性・夏侯翔に目をやる。
「なんですの!!」
 夏侯翔はひるむことなく劉備を睨み返す。
 しかし
「ま、まさかっ!!」
 何かを悟ったのか、急に顔を青くしてぐるぐる巻きにされている身体を少しでも後ろへ動かして劉備たちと距離をとろうとする。
「あなたたち……」
「なんだよ」

「わたくしをこれから辱めるつもりですか!!!!!」

「は?」
 あまりにも予想外の言葉に、劉備をはじめその場の全員が凍りついた。
「あぁいやですわこの野蛮人ども!!!! 敵軍から拉致したわたくしを己が欲望の赴くままにいたぶり!! 犯し!! 辱め!! わたくしが泣き叫ぶ姿を見て喜ぶおつもりでしょう!!!!!」
「雲長……んなこといってるけどどうよ?」
「さぁ」
 あきれ果てている劉備たちをよそに、夏侯翔は続ける。
「自分たちで犯すだけでは飽き足らず嫌がるわたくしをさらに兵士たちに与えて与えて!!! 下衆の考えそうなことですわ!!! あぁ美しいというのはなんて罪なことなんでしょう!!!」
「どうする雲長? ああいってるしご期待に応えるか?」
「止めておきましょう、痛い目を見るのはきっとこっちです」
「今すぐ私を元の場所に戻しなさい!!! 早く!!! 戻しなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
 劉備玄徳と曹操孟徳の徐州での激突・一日目は、そんなわけの分からない状況のまま更けようとしていた。

 しかし、劉備も曹操も気がついていなかった。
今密かに、曹操の足元に、彼の隙を静かにうかがっている虎狼が潜んでいるということに。

 

 

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