〜虎牢関の戦い・前編〜

第3話「激戦開始!」

 

「く!!」
公孫サンはその場に倒れた。
さすがに人の足で赤兎から逃げられるものでは無い。
「ここまでか!!」
公孫サンは静かに目を閉じる。
 呂布は無感動に大矛を振り上げる。
「!!」
しかし、呂布は急に公孫サンから目をそらし、馬首を返す。

―ガキィン―

どこからともなく現われ、呂布にぶつかっていく一人の男。
全ての武将を一撃の下に薙ぎ倒してきた呂布が、初めて受けに回った。
「今だ!! 逃げろ!!」
呂布にぶつかっていった男が公孫サンへ声を上げた。
「き、君は!! たしか劉備殿の」
公孫サンは自分を助けてくれた男の顔を見て気が付く。
 男は自らの軍に所属する劉備の義弟・張飛だった。
「す、すまない!!」
公孫サンは最後の力を振り絞りその場から去った。
 残されたのは張飛と呂布。
「俺は燕人・張飛益徳……なんだてめぇは!!」
「……」
張飛の叫びに、呂布は答えない。
「話せねぇなんてことは無いよな?」
自慢の蛇矛を呂布に向ける。
「……」
呂布は黙って首をわずかに傾ける。
「……無視かコラ?!」
「……」

―ヒュ―

「なぁっ!!」

―ガキン!!―

突然振られてきた大矛を張飛はとっさに受ける。
「てめぇ……」
ギリギリと呂布の大矛を押し返しつつ、張飛は叫んだ。
「ブチ殺す!!」


―ガキ―
―ギィン―

「……」
呂布が繰り出す無数の攻撃。
「だぁ!!」
張飛もその攻撃すべてを受け止め、さらに攻撃を繰り出す。
 呂布もその攻撃全てを受け止める。

―ガキンガキィン―

無数の攻撃の応酬。
『な、なんだこいつ!!』
今更だが、張飛は自分の武勇にかなりの自信を持っている。
 今まで負け知らずだった。
しかし
『攻撃がとおらねぇ!!』
呂布は張飛の怪力が繰り出す一撃をすべてそれ以上の怪力ではじき返し、攻撃を仕掛けてくる。
 下手をすると一瞬で殺されてしまう。
「けどよ……」
張飛は笑っている。
「いいねぇ!! 楽しいぜ!!」
水関での不満をぶつけるように、張飛はただ戦いに没頭していた。

 


「ヒュウ!! やってるやってる」
呂布と矛を交える張飛を遠くから見つつ、劉備は口笛を吹く。
「あれは呂布だね……」
劉備の隣で馬に跨っていた曹操が呟く。
「呂布って確かあれだよな?」
「あぁ、董卓配下・華雄をも凌ぐ武勇を持つと言われる人中の『鬼神』と呼ばれる男だ」
「『鬼神』……」
関羽は納得がいったように呟いた。
「これが正体だったわけだな」
劉備が笑って答える。
「さて、どうするかね?」
曹操が言った。
 その言葉に劉備が答えた。
「そのことだが……曹操さんよ、あいつは俺達に任せてくれねぇか?」
「呂布を……君たちに?」
劉備の言葉に曹操は首をかしげる。
「そうだ、俺たち兄弟があいつを抑えてる、だから」
「その隙に虎牢関を抜け、董卓を討てと言うわけだね?」
「さっすが!! 話が早くて助かるぜ」
しかし、劉備に疑いのまなざしを受けるものがいた。
「貴様、呂布の横を通り過ぎようとした俺たちを体よく呂布に当てるためのでまかせでは無いのか」
曹操の後ろに控えていた男・夏侯惇だった。
「信じられねぇか?」
「もちろんだ」
夏侯惇は即答した。
 しかし
「わかった、呂布は君に任せよう」
曹操はすぐにうなずいた。
「も、孟徳!」
「もし仮に呂布を当てられたとしても、それがどうしたというのかね?」
曹操は不適に笑っている。
「まさか、いつも大口を叩いておいてあの呂布と戦うのが怖いとでも……」
「んなことあるかぁ!!」
夏侯惇が曹操の言葉をかき消した。
「ならいいだろう!! それでいくぞ!!」
その場の全員の意見がまとまった。


「じゃあまずは俺たちだ、行くぜ雲長」
「は……」
劉備はここまで抱えてきた何かの布包みを解く。

―シュル―

「ほう、立派な剣だね」
布の下から現れたのは、幅広の長剣だった。
 無骨ながら施された装飾はどこか気品があり、劉備と言う男をそのまま刃にしたような剣だった。
「あぁ、自慢の剣だぜ」
劉備はにやりと笑う。
「腰の剣は使わないのかね?」
曹操がそう言って指したのは劉備の腰にずっと佩かれている名剣だった。
「あぁ、これは人を切る剣じゃねぇからな」
劉備は腰の剣の柄を握り、答える。
「そうか、では今取り出した剣が」
「俺の戦う刃だ」
劉備はそう言って長剣を片手で構える。
「健闘を祈るよ」
「お互いにな」

 

―ダッ―

劉備が走り出した、関羽もそれに続く。


「ギギギギギギ!!!!!!」
呂布は目の前で自らの大矛を受けている男を静かに眺めている。
 彼は正直驚いていた。
自分とここまで戦えるものがこの世に存在したなど、夢にも思っていなかった。
「だりゃあ!!」
しかし、それももう終わりだった。
「ハァ……ハァ」
男の疲労は段々と溜まっている。このまま戦えばこちらの勝ちは確実だった。
だから呂布は攻めた、今までよりさらに強く。


「雲長!!」
「はっ!!」
馬上から劉備が叫び、関羽が答えた。
「いくぜ!!」
劉備はそう言うと剣を構え、身をかがめて馬の背に立ち、空中に飛び上がった。
「!!」
それを見ていた曹操軍は驚いた。
「馬上から飛んだぞ!!」
「何をするつもりだあいつは!!」
誰もが劉備の正気を疑った。
「ハハハ……やるね」
曹操だけは分かっているらしく、面白そうに笑っていた。
「雲長――――――!!!!!」
空中で劉備が叫んだ。
「!!」
関羽は声ではなく動作で答えた。

―ブゥン!!―

突然関羽が青竜刀を振るった。それも劉備に向けて。
「!!」
誰もが、関羽が乱心して劉備を斬ろうとしているようにしか見えなかった。
だが

―タン―

劉備は空中で青竜刀の刃に乗った。
そして関羽がその青竜刀をそのまま一気に振りきった。

―ダン!!!!!―

次の瞬間
「と、翔んだぁ――――――!!!!!」
劉備は青竜刀に打ち出されて一気に飛んだ。
「はぁぁぁぁぁ!!!!!」
劉備の体は矢のように飛び、呂布へ向かって一直線に飛んでいった。

 


「!!」
呂布は張飛の攻撃を弾くと、何かの気配を感じてとっさに後ろへ振り向いた。
「呂布――――――!!!」
そこには空中を自分めがけて飛んでくる男がいた。
 馬鹿で変な男だ……呂布は素直にそう思った。

―ヒュ―

劉備は空中で剣を振りかぶり、呂布へ一気に振り下ろした。

―ギィイン―

無論、そんな攻撃を食らう呂布ではなかった。
 自らの大矛で簡単に受けた。
「な、バカ兄貴なにやってんだ!!」
後ろで先ほどから戦っている男が何かわめいている。
 どうやらこの飛んできた男の登場は味方からも予想外だったらしい。
そうだろう……呂布はやはり素直にそう思った。


「さっすが!!」
呂布に最初の一撃を止められた劉備は、楽しそうに口を開く。
「……」

―ギィン!!―

呂布は劉備の剣を弾いた。
 張飛が呂布を攻撃するまでもう少し時間がある。
だからこの男を先に始末する。
 呂布はそう考え、空中で完全に無防備になった男に追撃を加えようとした。
しかし次の瞬間

―カチ―

どこからともなく響いた金属音を聞き、呂布は驚いて身をかわした。
何かが顔のすぐ横を通り過ぎたような気がした。
 気がつくと頬から何かが流れている。
それが自分の血だと認識するのにしばらく時間がかかった。

―あるはずのない一撃―

それが呂布に傷を負わせた。

 

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