―ガキン！！―

関羽はやむなく受けへ回る。
「チィ！！」
華雄の黒刀は関羽の首を薙ぐ前に彼の青竜刀に阻まれた。
「むん！！」
今度は関羽が華雄の黒刀をはじき、一撃を見舞った。
「ハハッ！！」
華雄は巧みに手綱を捌き、関羽の青竜刀を紙一重でかわした。

どれだけの間そうして刃を交えていただろうか……。
お互いに一歩も譲ることなく、邪魔者のいない空間で刃を振るっていた。
「ぬん！！」
関羽が深く斬り込んだ時だった。
「ヒャハハッ！！！」

―ザン―

　華雄は体制を低くして横薙ぎの刃をかわし、その反動を利用して関羽の跨っていた馬の首を一刀のもとに切り捨てた。
「ぬ！！」
関羽は馬の体が倒れる前に宙へ飛んだ。
　それを見た華雄が口元を歪めた。
「いいのか？　逃げ場がないぜ」
そういったかと思うと、すでに振り切ってすぐには返せない黒刀を右手から左腕に持ち替えた。
「！！」
「シャラァツ！！」
予想を遥かに超えた速さの追撃に、関羽は空中で身構えた。
無音の刺突が関羽めがけて一点に繰り出された。

突きを出し切った華雄は、内心で小さく舌打ちをする。
華雄の放った黒刀は、関羽の心臓をわずかに逸れ、何もない空間を穿っていた。
華雄の突きが外れた理由は簡単だった。

―ガク―

突然華雄の乗っていた黒馬の体が崩れ落ちる。よく見ると首がない。
　空中で華雄の突きをよけることが出来ない関羽が、とっさの判断で下した決断だった。
結果、馬上の華雄はバランスを失い、彼の体を貫くはずだった突きは体を逸れていた。
「チィ！！」
華雄も馬から飛び降り、関羽と一度距離を置く。
「……」
「ハッハ！！　やるな偽足軽」
華雄は愉快そうに笑う。
「しかしまだまだこれからだ！！」
黒刀を低く構え、関羽めがけて走り出す。
「……いや、もう終わりだ」
関羽もゆっくりと青竜刀を低く構えたが、その場から動かなかった。
「ハッ！」
関羽の構えに不振さは感じたものの、華雄は走ることを止めなかった。

―ブン！！―

手にした黒刀を振り下ろすため、華雄はその刃を大きく振りかぶった。
　しかし
「！！」
突然関羽と華雄の間に入り、華雄の視界をさえぎったものがあった。

それは、華雄のよく知るものだった。
「俺の……」
先ほどまで跨っていた黒馬の首だった。
「まさか！！」
一瞬の油断
「！！」

―ザン！！―

関羽の青竜刀が華雄の体を薙いだ。
「が……」
とっさに回避し、首を落とすことは免れたが、華雄は右腕を肩口から切断されていた。
「俺……の、馬の首を……跳ね、上げ……さら、に……落ちて、くる……位置……まで、計……算して、やがった……のか」
右手を失い、崩れ落ちそうになりながらも、華雄は黒刀を杖代わりに持ちこたえる。
「……」
関羽は何も言わない。
もはや勝負はついていた。
「ヒャハハ……」
見るからに助からない重症だが、華雄は笑っていた。

「なぜそなたのような者が董卓に？」
関羽の問いに、口から血を吐きながら、華雄は答えた。
「貴様……にも、わかる……はず、だ」
「？」
華雄は続ける。
「自ら主を選ぶことに……理由など、いらん」
「……」
「ただ……最高の主に出会えたことに、至上の喜びを見出すだけだ」
それを聞いた関羽は、ゆっくりと瞼を閉じ
「……そうだな」
小さくうなずいた。
　しかしそれを見た華雄は、その口に皮肉の笑みを浮かべる。
「そして……同時に一生わかる事も……ない、だろうな」
「何？」
怪訝そうな表情をする関羽に華雄は言う。
「董卓様が……なぜ暴虐を行い、天をも……奪わんとしているか、を」
「そなたには……分かるというのか？」
華雄はゆっくりと、首を横に振る。
「分からない……だからこそあの方について、行くんだ……あの方がどこまで、行き……何を……遂げるか」
「……」
華雄はゆっくりと瞼を閉じる。
「ククク……この先の虎牢関は、悪鬼羅刹をも薙ぎ殺す『鬼神』の檻だ」
「『鬼神』……？」

―ドサ―

華雄が片膝をつく。
「その檻を破ったが最後……貴様たちに訪れるのは、破滅」
がはっ！　と華雄は口から大量の血を吐き出す。
　苦しそうに息をしながら、華雄は呟いた。
「“敗将には無慈悲な死を”……それが我が軍の掟」
「！！」

―ドスッ！！―

そういった途端、華雄は閉じていた目を見開き、自らの心臓を、残った左腕の黒刀で刺し貫いた。
「……」
「董……卓……様」
関羽はそれを黙ってみていたが、やがて青竜刀を振った。

―ヒュン―

次の瞬間、華雄の首は胴体から離れていた。
「……」
関羽は、地面に転がった華雄の首を見、拝をしながら呟いた。
「介錯……確かに承った」

“華雄討たれり！！！”

その知らせは戦場に瞬く間に広まった。
勢いづいた連合軍だが、すでに董卓軍は��水関を捨て陣を引いていた。

「お！　戻ってきたな」
劉備のもとへ関羽が戻ってきたのは、それからしばらくしてだった。
「ただいま戻りました、兄者」
見ると、関羽の手には布に包まれた首級がある。
「思ったより苦戦したな？」
劉備の言葉に、関羽も素直にうなずく。
「は、華雄のことを多少侮っていました」
関羽はそう答えたあと、劉備たちと酒をかわしていた孫堅の姿を見つけると、彼のもとへ行き
「これを」
といいながら華雄の首を差し出した。
「どういうことだ？」
孫堅は首をかしげる。
「董卓軍先鋒……華雄の首級です。どうか過去の諍いは忘れ、この名将の首をあなたに葬ってもらいたい」
関羽はそう言って孫堅へ首級を渡す。
「雲長、ほらよ」
関羽が劉備のほうへ視線を戻すと、劉備は関羽へ向けて杯を差し出していた。
「今の私には、功よりも……こちらのほうが遥かに価値のあるものです」
関羽は劉備から杯を受け取ると、中の酒を一気に飲み干した。

酒は、まだ温かかった。