〜虎牢関の戦い・前編〜

第2話「好敵手」

 

「なんだなんだ? 先陣がずいぶん騒がしいな」
劉備が本陣でのんきに呟く。

―カッカッ―

「どうやらこちらが劣勢のようだね」
「?」
馬を飛ばし、やぁと劉備にむかって気さくに話しかけたのは、紅い鎧に身を包んだ男・曹操だった。
「あんた……まだんなとこにいたのか?」
「あぁ、先陣は本初に任せることにしたのでね」
曹操はハハハと笑っている。
「えらくのんきだな」
「君が言うかね?」
「ははっ、違えねぇ!!」
そうやって曹操と劉備が会話を交わしていたときだ。
「兄者……」
横合いから関羽が現れる。
「どうした雲長」
関羽は少し言いにくそうな顔をしてから告げた。
「益徳が勝手に本陣を出て行きました」
「まったく……分かりやすすぎるぜあのバカ」


劉備は全く動揺していない。それだけでなく、今までどこにおいていたのか、どこからともなく布に包まれた『何か』を引っ張り出してきて馬に跨る。
「おや? 出るのかね」
「あぁ、もうそろそろそんな気がしてな」
曹操の問いに劉備は笑って答える。
「では、せっかくだ……私も出よう」
曹操はそう言って後ろに控えていた武将たちに命じた。
「彼らとともに出るぞ!!」
「応!!!」
兵たち全員がその声に答えた。見事な統率である。
 それを見た劉備は口笛を吹き、言った。
「そういや名前を聞いてなかったな……あんたは?」
劉備の問いに、曹操は前髪を掻き揚げ、様になるポーズを決めて答えた。
「曹操孟徳……この乱世の覇者だ」
「ははっ!! 言うねぇ!!」
劉備は大声で笑った。
「俺も改めて名乗っとくぜ!! 劉備玄徳……」
そこで一度言葉を切り
「この乱世の……」
と言いかけて
「……きっとあんたと対極になるものだ」
と言いなおした。
「ほう」
曹操は感心したように笑う。
「じゃあいくぜ!!」
劉備は布包みを抱えたまま、自らの兵に命じた。

―オォォォォォォォォ―

その声は曹操の兵に勝るとも劣らなかった。

 


「……」
関羽も劉備について出ようとしたときだ
「関羽君……だったね、君は」
曹操が関羽を呼び止めた。
「何か?」
関羽は振り向かずに答える。
「いや……単なる勧誘だよ、私のもとへ来ないかね?」
「答える気すら起こらぬ愚問ですな……」
関羽は乾いた笑いを漏らす。
「君ならそう言うと思っていたよ……しかし、あの華雄を討ち取るほどの武勇を持つもの、どうしてもほしいものだがね」
「!!」
それを聞いた関羽は驚いて振り向く。
 華雄を討ったのは確かに関羽だが、その首は孫堅へ献じたため、諸侯の間では華雄を討ったのは孫堅と言うことになっていた。
「……」
曹操をただ凝視する関羽。
「ははは……そんなに見つめられても困るね」
「……」
曹操は笑っているが、関羽は笑うことなど出来なかった。
『この男……』
「さあ行こうではないか関羽君……我が軍のものではないにしろ、君とともに戦えるのは誠にうれしい」
曹操もそれ以上何も言わなかった。

「だ、だれか!! 呂布を討てぇぇぇ!!!!」
必死に走りながら味方の兵へ号令する。
しかし、呂布の名を聞いて戦いを挑むものはほとんどいない。
 我こそはと挑むものも、華雄のときと同じくあっけなくやられてしまった。
 その時だった。
「袁紹殿!?」
本陣から来た公孫サンが袁紹にむかって声をかけた。
「こ、公孫サン殿!!!」
袁紹は公孫サンのもとへ逃げていく。
「何ゆえそのような格好で……」
聞こうとして、気がついた。
 袁紹の後ろで名馬・赤兎に跨った男がいた。
「!!」
公孫サンは今、関羽の言っていた言葉の意味に気がついた。
『虎牢関は鬼神の檻……』
その鬼神とは……
「呂布ーーーーーーーーー!!!!!!!!」

しかし公孫サンとて白馬義従といわれた名将。
 こんなところで敵に背を向けるわけには行かなかった。
「ゆ、行くぞ!!」
自ら長槍の一種・槊を振りかざし、兵士たちに命じた。
 しかし

―          ―

次の瞬間には、彼の部下の大半は呂布の大矛の餌食となっていた。
「!!」
それだけの力量の違いを見せ付けられては、さすがの公孫サンといえども引かざるを得なかった。
「ひ、ひけぇ!!」
全軍に命じたときだった。

―          ―

残る兵士たちもみな殺された。
「ぐあっ!!」
公孫サンも自慢の白馬を殺され、地面に転げ落ちた。
「く……」
体を起こすと、その横を一人の男が走りすぎていった。
「え、袁紹殿―――――――!!!!!!」
公孫サンも自らの足で走りながら、袁紹の後を追った。

 


「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! なぜこっちに来る!!!」
袁紹は走りながら公孫サンへ怒鳴る。
「そんなこと言われても!!」
「呂布を止めてくれるのでは無いのか!!」
「無理でしょうどう考えても!!」
そんな言い争いをしながら逃げていく。
「なんだ!! 白馬義従と言われてもそんなものか!!」
「あなたこそ!! 名門袁家の名が泣きますぞ!!」
さらに言い争う。
「大体なんだ君は!! “白馬義従”とか!! 王子様のつもりか!!」
「な、名門の名にすがっているボンボンが何を言いますか!!」
いつの間にか単なる罵り合いになっていた。
 呂布は容赦なく追ってくる。
さすがにもう逃げ切れない。
 袁紹は最後の決断を下した。
「こ、公孫サン殿!! このまま逃げて二人とも討たれるのも無念だ!! このまま左右に分かれないか?!」
「な、なるほど!! どちらに逃げて、呂布がどちらを追ってきても恨みっこはなしと言うことですね!!」
「そ、そうだ!!」
「のりました!!」
二人はそうして身構える。
「では」
「一」
「二の」
二人が違う方向へ向いた。
「「三!!!!」」
袁紹と公孫サンは左右に分かれて走り出した。


しかし次の瞬間
「総大将がそっちに逃げたぞー!!!!!」
「はぁぁぁぁぁぁっ?!!!!!」
袁紹が公孫サンの背を指差しながら叫んだ。
「何を馬鹿なことを言っているんですか!!!!」
公孫サンはそう怒鳴りながらも思った。
『そんな見え透いた嘘に騙されるようなものなどいない!!』
それなら逃げられる、と公孫サンが安心したときだった。

「……」

―バッ―

呂布は袁紹の言うことを鵜呑みにし、迷うことなく公孫サンの後を追いかけた。
「な、なぜぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
予想外の事態に公孫サンは己の不幸と袁紹を呪い、死に物狂いでかけていった。
「ハァ……ハァ……勝った」
袁紹はその場に崩れ、大きく息を吐いた。

袁紹と公孫サン……後に冀州をめぐり対立することになる二人の争いは、このとき決着がついていたのかもしれない。

 

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